「ヒロシマ」を巡る日米の深い溝 オバマ「被爆地訪問」の高いハードル

  安倍晋三政権が強調する日米関係の深化というストーリーとは裏腹に、歴史観の溝の深さが浮き彫りになっている。日本で開かれる一連のG7(主要七カ国)会合の先陣となる、広島市でのG7外務大臣会合(四月十日、十一日)の準備作業のことである。

 夏の参院選後の内閣改造で交代すると見られる外務大臣岸田文雄にとって、地元・広島でのこの会合は格好の花道だ。戦後初めて、米国の現職国務長官が広島を訪れる機会を、「ポスト安倍」を視野に自らのリベラル路線と平和主義をアピールする場にしたいというのが、岸田の「思い」だ。

 米国の歴代政権は、広島、長崎への原爆投下について一切の謝罪を拒否し、これがなければ「日本全土の沖縄化」(原爆投下を指示した大統領ハリー・トルーマン)によって日米双方でおびただしい戦死者が出たとして、「正しい選択」だとする立場を崩していない。米政府の高官が広島訪問を避けてきたのは、「軍人や軍施設のみならず、多数の一般市民が犠牲になることを承知で行った無差別殺戮」と批判する内外の勢力を刺激したくなかったからだ。現国務長官ジョン・ケリーが広島を訪れるだけでも歴史的出来事だ。そこに、平和記念公園での原爆死没者慰霊碑への献花、被爆者との直接対話、バラク・オバマ大統領が目指す「核のない世界」に向けた決意の表明が加われば、安倍主導の外交の陰に隠れ、さしたる成果のなかった岸田にとって、レガシー(政治的遺産)になる。

外務省の見立ての甘さ

 このナイーブなシナリオについて、外務省には当初、楽観論もあった。まず、広島での会合開催に応じたこと自体、米政府の変化の表れだ。オバマ政権の核政策も、追い風と映る。それ以上に楽観論を裏打ちしたのは、二〇〇八年に広島で開かれたG8(主要八カ国)議長会議に参加した米連邦下院議長のナンシー・ペロシが、慰霊碑に献花した前例だ。

 下院議長は、大統領継承順位が副大統領に次ぐ二位で、四位の国務長官より「高位」だ。しかもペロシは、広島の被爆の惨状を伝える広島平和記念資料館も訪ね、被爆者である元館長の話を聞いてもいる。「格下」のケリーが同じことをするのに抵抗はないはずだ―そんな見立ての甘さは、ケリーの広島滞在中の日程調整に着手してすぐ、明らかになった。

 米側は献花を行うことにさえも抵抗し、献花の方向が固まっても、G7外務大臣が全員一緒に供えるのか、個別に供えるのかといった細かな所作に神経をとがらせ、平和記念資料館の視察中、どこでどんな映像をメディアに撮らせるかなど、一挙一動に詳細な注文をつけてきたという。被爆者との面会には強い難色を示しており、会合最終日に発表する共同声明をめぐっても、核廃絶への決意の中で広島や長崎の「悲劇」に言及することに慎重意見がある。「あらゆる行事が、いつキャンセルされてもおかしくない」という不安の声が、外務省から漏れてくる。

 ただ、米側の態度は事前に予測できたはずだ。安倍政権は中国や韓国との間だけでなく、米国、ことに民主党政権との間でも、歴史認識に落差があることを思い知らされてきたからだ。安倍の靖国神社参拝に対する米政府の「失望」の表明しかり、慰安婦問題での米議会の対日非難決議しかり。

 原爆観の違いは、戦後五十年の一九九五年に、米国の首都ワシントンの国立スミソニアン航空宇宙博物館で企画された、広島に原爆を投下した爆撃機エノラ・ゲイとともに、被爆地の悲惨な状況を伝える資料を展示する「原爆展」が、連邦議会在郷軍人会の反対で中止に追い込まれた一件で鮮明になった。「原爆投下が戦争を終わらせ、被害を最小限にしたとの立場を毀損する展覧会は認めない」という米議会の多数派や在郷軍人会の声に、当時の大統領ビル・クリントンは「理解」を表明した。

 戦後七十年を過ぎた今も、米国の考え方は基本的に同じだ。近年、東京大空襲や広島、長崎への原爆投下を「戦時法違反」「非人道的行為」と批判する声が日本で強まったことに対し、「自らの戦時中の非人道的な行為について謝罪や反省をせず、米国の非ばかり強調するのは、歴史修正主義者のすること」と不快感を口にする米政府関係者もいるという。

 米国政治に対する理解の欠如も、日米の溝を必要以上に深めた。

 ペロシは大統領継承順位こそ高くても、米政府を代表する立場にはなく、ケリーを同列に扱うのは不適切だという意識が日本側には乏しかった。ペロシの広島訪問が、当時の河野洋平衆議院議長の米ハワイ州真珠湾訪問(二〇〇八年十二月)と対だった経緯も、忘れられている。

 現在進行形の大統領選に与える影響もある。歴代政権の原爆観が変わったと受け止められれば、民主党大統領候補の切符をほぼ手中に収めたヒラリー・クリントンは、原爆展の中止に同意した夫の立場との間で板挟みになり、共和党大統領候補の指名争いをリードするドナルド・トランプに格好の攻撃材料を与えかねない。

 そもそもケリー自身が、日本の「歴史修正主義的な動き」を警戒してきた。二〇一三年十月の東京での外務・防衛閣僚会議(2プラス2)の際、当時の国防長官チャック・ヘーゲルとともに、米国の閣僚として初めて千鳥ヶ淵戦没者墓苑で献花し、安倍の靖国神社参拝を牽制したことでも明らかだ。

形ばかりの「緊密な日米関係」

 もちろん、オバマ政権内にも異論はある。国務次官のローズ・ゴッテメラーは今年三月二十二日、オバマが五月の伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)の際に広島を訪れる可能性について「検討中」「大統領は広島訪問を光栄と考えている」などと語った。核不拡散の専門家で、原爆の評価をめぐる日米の機微が分からない人物でも、国務次官の発言だ。広島では「ケリーどころかオバマが来る」と期待値が上がり、内閣官房長官菅義偉も「被爆の実態に触れてもらうこと」に期待感を示すが、遅まきながらG7外務大臣会合の調整を通じて米側の本音に気付いた外務省では、「ケリーもオバマも、逆に動きにくくなった。余計な発言だ」と苛立ちの声が漏れる。

 G7外務大臣会合でのケリーの動きは、蓋を開けてみるまで分からないものの、準備段階での日米のすれ違いは、中韓が日本への恨みを忘れないように、米国にも「原爆でしか阻止できなかった好戦的で残虐な民族」という日本観が根強く残っていることを示唆している。「緊密な日米関係」という美辞麗句で封印された不信と敵意が、「ヒロシマ」という呪文で解き放たれる恐れがあることに、日本の歴史の「美化」に忙しい安倍も、その追従しかできない岸田も、あまりにも無頓着だ。(敬称略)

選択 2016年4月号