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ベッキーから本誌への手紙〈110日間の愛憎劇に終止符〉 着信拒否に戸惑う川谷、そして妻は…

正月明けの本誌スクープ、ゲス&ベッキーの不倫騒動が百日余りの時を経て決着を迎えようとしている。本誌に届いたのは現在休業中のベッキーからの手紙。そこには謝罪会見の真相から川谷との本当の関係、現在の心境に至るまで彼女の本音が切々と綴られていた――。

 ベッキー(32)からの手紙が届いたのは四月二十二日だ。郵送ではなく、彼女の所属事務所である「サンミュージックプロダクション」の代表取締役社長・相澤正久氏によって本誌デスクへ直接手渡された。
 淡い黄色の封筒の裏には差出人として〈サンミュージックプロダクション ベッキー〉とある。封を開けると、中には和紙の便箋五枚にわたって綴られた直筆の手紙があった。ハーフタレントのイメージとは程遠い、丁寧に清書された楷書の文字からは、この約四カ月にわたり秘めてきた心情を初めて打ち明ける覚悟と、一連のスキャンダルを報じた当事者である週刊文春に対する緊張感がひしひしと伝わってくる。
 紅白出場バンド「ゲスの極み乙女。」のボーカル・川谷絵音(えのん・27)との一連の不倫騒動を受けて、ベッキーはいまだ全ての芸能活動を休止中である。そんな中で、本誌はこのひと月余り、ベッキー本人へのインタビューを事務所を通じて繰り返し申し込んでいた。結局、彼女がインタビューに応じることはなかったが、現在の心境を手紙にしたためたのだ。下に掲載したのは、その全文である。

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本誌に宛てられたベッキーの手紙の全文

 この手紙で最初に驚かされたのは、ベッキーが会見での発言を過ちだとし、率直に川谷との関係を認め、謝罪していることだ。
〈記者会見についてですが、私は気持ちの整理もつかないまま会見の場に立ちました。離婚が成立するまでは、友達のままでいようという約束がありましたので“友人関係である”という言葉を選んでしまいました。しかし私の行動を考えると恋愛関係だったと言うべきでした。質疑応答がなかったことも含め、皆様に納得していただけなかったのも当然のことと思います。当時の私は好きという気持ちが大きく、周りもみえず、本当に愚かでした。会見で文春さんの報道を否定するような言動をとってしまい申し訳ありません〉
 明暗を分けた一月六日の緊急謝罪会見から百十日余り。本誌第一弾の発売前日にベッキーは会見でこう釈明したのだった。
「記事にありましたように、二人でお食事に行かせていただいたこともありました。お正月に長崎のご実家にお邪魔したことも事実です。ただ、お付き合いということはなく、“友人関係であることは間違いありません”」
 会見直後、川谷も足並みを揃えるように釈明のファクスを報道陣に送信し、ベッキーについては「親しい友人」と表現した。

ベッキーは反対だった会見

「当日、文春の早刷りを読んだ事務所幹部が急遽会見開催を決めました。彼女は会見を行うことに反対だったようですが、CMスポンサーが絡むことでもあり、決定に従うほかなかったのです」(民放関係者)
 だが、本誌では二人の親密さが見てとれるLINEのやり取りや、ホテル密会の様子を写真とともに詳述していた。にもかかわらず、「友人関係」としたベッキーの主張はあまりに苦しい言い逃れだった。質疑応答を一切受け付けない会見の対応も不審の念を抱かれる結果となった。
 本誌は会見から二週間後の第三弾で、会見前日にベッキーが川谷に対し、〈友達で押し通す予定!笑〉〈ありがとう文春!〉〈センテンス スプリング!〉などとLINEを送ったことを報じた。これらのフレーズは、その後、テレビで何度も繰り返し放送されることになる。それでもベッキーが頑なに「友人関係」を主張しているというまことしやかな報道もあった。ベッキーが休業に入った後のことだった。
ベッキーがテレビ局のプロデューサーに書いた“詫び状”の中で『川谷とは不倫をしていない』『本当に友達です』といまだに抗弁しているというのです。実際にはそんな書き方はしていない。休業に入ってからは憶測が蔓延しました。
 実家で引き籠もるように過ごす中で、ベッキーはいてもたってもいられず、番組関係者や友人宛てに百通にも及ぶ手紙を書いた。それは事実です。親友のお笑い芸人・近藤春菜(33)や宮川大輔(43)は手紙を受け取ったことを認めています。ただとにかく迷惑をかけたことを謝るだけの手紙でした」(同前)

未練を隠さなかった川谷

 そして、次に注目すべきはこの一文だろう。
〈川谷さんへの気持ちはもうありません〉
 川谷とは互いの事務所によって引き離された恰好だが、水面下では通じ合っていて、川谷の離婚を待って改めて交際すると見る向きも少なくなかった。
「謝罪会見の後も、ベッキーは九日の生放送『にじいろジーン』(関西テレビ)の司会を笑顔で務めるなど、川谷との再会の日まで、とにかく仕事に専念しようとしているようでした」(スポーツ紙記者)
 なにより川谷はベッキーへの未練を隠さなかった。川谷は本誌の取材にこう答えている。
――今、ベッキーさんに言いたいことや聞きたいことはないんですか?
「まあ、今は全く連絡も取っていないので、どういう気持ちでいるのかな、とか。やっぱり休業したというニュースを、僕は人づてに聞いたので、そういう点では心配ですね。その気持ちが一番デカいですかね」
――最後に連絡を取られたのはいつですか?
「ちょっとあんまり覚えていないんですけど、一月中旬ぐらいですかね」
――ベッキーさんに対しては、今でも大事な方だというお気持ちはあるんですか。
「うーん、相手の方に対しては、僕から勝手に発言するわけにはいかないかなっていう感じですね」
――このまま二人は別れてしまうんでしょうか。
「僕からは何とも言えないですね。僕も先のことは分からないというか。僕はミュージシャンで、芸能界のこととか、全然分からなかったんですけど、やっぱり一筋縄ではいかない話なんだなっていう風にすごく強く思いましたね」
 大人の事情で離れ離れになったが、まだ“絆”は切れていない。そんな含みのある言葉にも読める。
 だが、実際にはベッキーは本誌第二弾「ゲス乙女の妻 涙の独占告白」を読んだ直後の一月中旬から、川谷の電話を“着信拒否”にして連絡を断っていたのだ。
 川谷の将来を憂うある音楽関係者が話す。
「いまだに気持ちが通じ合っていると思っていた川谷君は、なぜ連絡が取れなくなったのか理解できず、激しくうろたえていました。ナルシシストの彼は、ベッキーさんの事務所が圧力をかけて無理矢理、“着拒”にさせたのではないかと勘繰って、何とか連絡を取ろうと試みていました。でも、まったく上手くいかない。彼はおそらく現在でも悲劇的な恋愛物語を思い描いているはずです」
 本誌への手紙にもあるが、ベッキーが妻へ謝罪する場として、川谷も交えた三者で会うというプランもあった。だが、ベッキーはあくまで一対一での謝罪にこだわった。川顔をあわせたくないという一心からだったという。

女はあっという間に醒めた

〈もう川谷さんとは関係がないので〉
 この一節にもその強い思いが見てとれる。
 一方でベッキーの本心を知る由もない川谷は、彼女への“発信”を続けた。
 ゲス乙女が初めて武道館のステージに立った三月三十日。会場周辺にはネタを追うワイドショー・クルーの姿もあったが、普段は曲と曲の間に長いMCを挟む川谷が、この日は結局、アンコール前まで一切MCをしない異例のセットを組んだ。MCでの発言がワイドショーで揚げ足を取られないようにするための苦肉の策だったようだが、ポエトリーリーディングのような「無垢」という曲は、まるでベッキーへのメッセージのように響いた。
〈上手くいかないことばかりだけど、何とかやってます そう書いた 返事は来なかった いつのまにか時間は過ぎて約束を守れなくなった もう忘れてしまっただろう もう忘れてしまっただろう そう思って自分に言い聞かせた 泣けてくるんだ 泣けてくるんだ 元気にやってますか? 僕は君のいない世界ではなんとかやってます 君にとっては僕がいなくなったんだけど 勝手な言い方してごめん〉
 歌詞が何に着想を得ているのかは不明だ。ただ、本誌既報の通り、謝罪会見直前にも二人は変わらぬ思いを誓い合う次のようなLINEを交わしており、互いの喪失感はかなり大きかったはずだ(一月二十八日号)。
ベッキー〈楽しい春と夏になるよ〉
川谷〈遠恋だと思って過ごす〉
ベッキー〈えんれん〉
 だが女はあっという間に醒めた。手紙にはこうある。
〈文春さんで奥様が話された記事を読み、そこで初めて奥様のお気持ちを知り、自分の気持ちの整理がつきました。私がとった軽率な行動は謝って済まされることではありませんが、せめて奥様の前で頭を下げてお詫びをさせていただければと思っております〉
 本誌第二弾では、川谷の妻・A子さんが、ベッキーが知るはずもない、夫婦の特別な思い出を語っている(一月二十一日号)。無名のバンドを支え、少しずつ売れるようになった夫が、
〈守りたいと思うことが増えた。ずっと一緒にいようね。子供がほしい(笑)〉
 とA子さんにサプライズでプロポーズしたのは二〇一四年のクリスマスイブだった。結婚は一五年の夏。だが、そのわずか半年後、一六年の正月に夫の“禁断愛”が発覚。ベッキーが謝罪会見を開いたのは、A子さんの誕生日当日だった。
 当時、A子さんは本誌の取材にこう答えている。
「彼女はスポンサーやスタッフ、ファンに向かって謝っていましたが、私への謝罪がなかったことには正直、驚きました」
 ベッキーは会見で“妻へのお詫び”はしなかった。まず、「テレビ、CM、ラジオの関係者の皆様、そしてファンの皆様に多大なるご迷惑とご心配をお掛けしました」と述べた後で、「川谷さんのご家族の皆様」という表現で謝罪を付け加えた。だが、やはり会見前にA子さんに直接詫びるべきだったという声は多い。

川谷は逆ギレ離婚を迫った

 しかも、長崎の実家前で本誌が直撃した際、川谷は結婚の事実を頑なに否定し、A子さんの名前を出すと、「名前は知っています。友達です」と説明したのだ。
 二人を知る別の音楽関係者が真相を明かす。
「奥さんを友人と言ったのはあり得ない対応で、彼女を深く傷つけました。なぜ彼がそんな見え透いた嘘をついたのか。それは彼は既婚者であるという事実が関係者にも伏せられていたことが大きかった。バンドも人気商売ですから仕方ない部分もあり、ベッキーも当初は知らなかったわけです(*編集部註 本誌への手紙でも〈出会って好きになった後に奥様がいる事を知りました〉と記述)。その“設定”を利用して、『友人関係』という前提のまま世間にバレずに離婚まで漕ぎ着けたいと目論んでいたのでしょう。
 そもそも川谷はベッキーに対して『結婚は事実上破綻している。あとは離婚届に判を押すだけ』と説明していたようです。夏に入籍したばかりの新婚だとも知らせていなかった。ベッキーはその“卒論”提出の約束を信じていたのです」
 二人はLINEで離婚届を“卒論”と称し、こんなやり取りを交わしていた。
川谷〈時間かかってしまうけどちゃんと卒論書くから待ってて欲しいな。こんな感じで待たせるのは本当に心苦しいけど、待っててほしい〉
ベッキー〈大丈夫だよ! 待ってる だからけんちゃんも待ってあげて。(*川谷の本名は「川谷健太」)大丈夫だよ! 卒論提出できたら、けんちゃんにいっぱいワガママ聞いてもらおうっとー!笑〉
 ちょうど本誌第二弾が発売される前日、一月十三日にゲス乙女はニューアルバム「両成敗」をリリースする。皮肉にもこの騒動で名前が全国区となり、同アルバムはオリコン初登場一位、春のコンサートツアーのチケットも多くの公演で即日ソールドアウトとなった。
 実は、この頃から川谷は開き直ったかのようにA子さんとの離婚を急ぐようになる。川谷は本誌の取材に、離婚協議について、「そうですね。二人でちゃんと話し合いを今、しています。はい」と答えていた。だが、それは協議というよりは、“逆ギレ”に近いものだった。
「文春の直撃取材を受けて、はじめは川谷はとにかく『申し訳ない』と謝っていたのですが、奥さんのほうはダメージが大きくて、それどころじゃない。ろくに食べ物も受け付けず横になってばかりいて、離婚問題に向き合えるような状態ではありませんでした。彼は最初は奥さんの体調を気遣いつつ、離婚話を切り出すなど下手に出ていたのですが、その後、離婚を迫る中でかなり酷いことを言ったようなんです。彼女にとっては、ショックが大きすぎてもう心身ともに限界。一時は結婚前の仕事を再開しようとも考えていたようですが、とてもそんな段階ではないとか」(同前)
 ベッキーが何よりも願っているのが、そのA子さんへの謝罪だ。手紙では真っ先に、そこに触れている。
〈何よりもまず、川谷さんの奥様へ謝罪したいというのが今の一番の気持ちです。とにかくお会いしてお詫びの気持ちをお伝えしたいです。私の事務所を通じて謝罪の場を設けてもらえるようお願いしていますがまだ叶っておりません。先方からは川谷さんを交えてならというお話もありましたが、もう川谷さんとは関係がないので奥様と一対一でお会いして謝罪をさせていただきたいと考えていました〉
 ベッキーがA子さんへの謝罪の前に会見を開いてしまったのがボタンの掛け違いの始まりで、謝罪はいまだに為されていないのだ。

妻は謝罪の手紙を拒否

ベッキーが一月三十日に休業に入ったころには、川谷の事務所を通じて、奥さんに謝罪の機会をもらいたい旨が伝えられています。ただ奥さんはとてもベッキーと向き合える状態ではない、と拒否してきた。
 その後も紆余曲折があり、川谷も交えた三者で話し合う案も出て、奥さんもその気になったそうなのですが、ベッキー側がそれを断った。奥さん側はまさか謝罪に条件を付けられると思っていなかったので、余計ショックを受けてしまった。しかしそれは余人を交えず一対一で真摯に謝罪したいというベッキーサイドのニュアンスが正確に伝わらなかったのが原因のようです。ベッキーが謝罪の手紙を書いたこともありましたが、事務所間で生じた感情的なもつれもあり、最後は奥さんに受け取りを拒否されたのです」(同前)
 今回のベッキーの手紙をA子さんはどう読むのか。こじれにこじれた愛憎劇は終止符に向かって動き出そうとしている。

週刊文春」2016年5月5日/12日 ゴールデンウィーク特大号