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〈告発スクープ〉舛添知事「公用車」で毎週末「温泉地別荘」通い

〈ロンドン・パリ五泊で二十名五千万円也〉舛添要一都知事による豪華すぎる海外出張への批判は収まる気配がない。だが、当の舛添氏はワシントン出張でもスイートルーム泊を敢行。そんな折、舛添氏の血税乱費を徹底取材してきた小誌に“新たな疑惑”がもたらされた。

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説明責任を果たす気はあるのか

 四月二十二日金曜日、午後二時三十分過ぎ。東京都庁第一本庁舎のエントランスホールには、黒塗りのワンボックスカーが横付けにされ、SPや警備員、都庁の幹部職員十名ほどが周囲を睥睨していた。
 そこに姿をみせたのは、定例の記者会見を終えた舛添要一都知事(67)だ。
 舛添氏は足早に車に乗り込むと、職員たちに軽く右手を上げ、後部座席に身を沈めた。
 それから約三時間半後の午後六時――。
 舛添氏が乗り込んだワンボックスカーは、都心から約百キロ離れた神奈川県湯河原町にある「湯河原温泉郷」に現れた。急な勾配の斜面を登り、山の中腹の脇道に入る。高級旅館や大企業の保養所が並ぶエリアを通り抜けると、やがて豪勢な屋敷の門が現れた。
 木製の門がゆっくりと開くと、赤いテールランプを点らせたワンボックスカーは、奥へと吸い込まれていった。鬱蒼とした木々に囲まれ、中の様子は外部からは見えないが、玄関に掲げられた表札には、「舛添」の文字――。
 住宅地図には「MIPE 湯河原別荘 舛添」と記されている。「MIPE」とは舛添氏の妻が代表取締役、本人も役員を務めるファミリー企業「舛添政治経済研究所」の英字略称だ。
 そう、この豪邸は舛添氏の事実上の別荘なのである。
 だが、なぜ舛添氏は、金曜日の午後二時半に温泉地の別荘に、しかも公用車を飛ばして向かう必要があったのだろうか――。
 その謎を解くには、ここに至るまでの舛添氏の直近の動向を確認しておく必要がある。
 まず四月十二日からは、五泊七日の日程でニューヨーク・ワシントンに出張に出かけた。一連の“海外大名出張”への批判が高まる中、今回も一泊あたりの宿泊費は約十五万円、航空チケットは二百二十五万円。批判を受け、出発直前に随行員を四人減らしたものの、スイートルーム&ファーストクラスのセットは頑なに譲ろうとしなかった。
「知事の宿泊費の上限は都市ごとに決められており、今回の二都市の場合、いずれも四万二百円。舛添氏は急な要人との会見の可能性があるためホテル、部屋のランクは下げられないと主張していますが、今回も急な要人との会見は一つもなかった」(都政担当記者)
 鳥取県知事を二期務めた片山善博・元総務大臣も、首を傾げる。
「急な要人との面会があるかもしれないからと説明していますが、海外出張でVIPが突然訪ねて来る場面はありません。外国を訪れる際は、あらかじめ綿密な訪問計画を作ったうえで、こちらが出向くのが基本ルールだからです」
 そして、この出張中に、熊本地震が発生する。舛添氏は十八日に帰国した際、成田空港でこの地震への対応を問われてこう答えた。
「どういう形の会議を開くか、これから検討したい」
 だがその後、都庁へは寄らず自宅へ直帰。翌十九日は登庁さえしていない。
「一方で、二十一日には高級ブランドの展覧会のオープニングセレモニーに出席しました」(前出・都政担当記者)
 そして二十二日。定例の記者会見では、ニューヨーク・ワシントン出張の経費、とりわけ宿泊費に関する質問が集中した。
 それに対して舛添氏は、
「遊びにいっているわけではなく、スイートという言葉だけで『遊び回っている部屋』という誤解があってはいけない」と応じた。
 さらに「熊本地震の情報が刻々と入り、警察や医者の派遣などについて、すごい頻度で(スイートルームで)会議をした」と釈明したが、帰国後の行動を見る限り、地震対応に集中しているとは言い難い。
 読者諸賢は既にお気づきだろう。冒頭の場面で、舛添氏が湯河原の別荘へと公用車を飛ばしたのは、まさにこの“スイートルーム”問答を終えた直後のことだったのである。

情報公開で判明した舛添氏の行動

 血税を湯水のごとく遣う舛添氏の金銭感覚について取材を重ねていた小誌記者のもとに、都庁関係者から匿名を条件に「ある疑惑」がもたらされたのは、四月上旬のことだった。
「就任当初から舛添知事は、週末に東京を離れることが多いのです。幹部職員の間では湯河原の別荘を訪れていると囁かれており、もし本当ならば危機管理の観点から大問題です。さらに問題なのは公用車を使っていることです。公用車の経費は、言うまでもなく血税であり、公私混同の批判は免れないからです」
 にわかには信じがたい話だが、小誌は舛添知事の公用車記録の情報公開を東京都に求めた。
 二週間後、小誌が入手したのは、平成二十七年四月一日から平成二十八年四月十一日にかけて、知事のドライバーが移動経路を克明に記した「庁有車運転日誌」だ。約三百枚に及ぶ書類を繰るうち、ほどなく「ある事実」に気付いた。
 舛添氏は、毎週末、公用車で湯河原の別荘を訪れている――。
 運転日誌から、湯河原へ行った記録をすべて抜き出したのが、下の表だ。

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 たとえば今年四月八日の日誌によると、知事の専用車両は、九時四十分に都庁を出発、十時五分、舛添氏の自宅がある世田谷区を経由し、十時三十分に都庁に到着している。
 これは舛添氏を都庁に送迎したのだろう。
 そして十四時四十分、車両は都庁を出発、世田谷区を経由し、湯河原町に到着している。
 ここで舛添氏は下車しているはずだ。
 その後、空の車は十九時十五分に湯河原町を発ち、二十時三十分に都庁に戻っている。表の備考欄に何も書いていない場合は、ほぼこの《都庁~世田谷区~湯河原~都庁》を辿っている。
 それ以外は、昨年五月三十日のように〈出先から湯河原に直行〉、あるいは、同九月二日のように前日、湯河原に送り届けた舛添氏を〈湯河原に迎えに行く〉というパターンだ。
 集計すると、舛添氏は、この一年余りで四十八回も湯河原を訪れているのである。一年を五十二週とすれば、まさに毎週末といっても過言ではない。ちなみに今年、公用車で湯河原に行かなかったのは元日と三月十八日だけだ。
 そして、四月二十二日、小誌記者は舛添氏の乗った車が、別荘へと吸い込まれていくのを確認、これが四十九回目だったのである。
 登記簿謄本によると、この別荘の敷地面積はなんと九百五十m²、約三百坪だ。所有者は「舛添政治経済研究所」であり、平成十一年に借り入れすることなく購入している。この別荘を訪れたことのある舛添氏の友人が内部の様子を語る。

毎週末、別荘で何をしているのか

「敷地内には、建物が二棟あり、一つは和風の数寄屋造で、もう片方は堂々たる洋館です。あのあたりの別荘はみんなそうですが、温泉も付いています」
 地元不動産業者は、その資産価値をこう見積もった。
「このあたりは風光明媚で、かつては大企業の保養地が立ち並んだ人気エリア。舛添さんの別荘は土地だけで九千万円は下りません。建物を合わせると二億円近くかかっていると思います」
 いったい、舛添氏は別荘で何をしているのか。
 別荘周辺を取材した限りでは、公務に従事している形跡はない。
「十年以上前から、二人のお子さんを連れて年に何回もいらっしゃってました。奥様のご実家がこの近くにあるようで、奥様のご両親もよく来られていました。最近もホームセンターなどで一人で買い物しているのを見かけました」(近隣住民)
 近隣の商店主は、厚生労働大臣を務めていた〇七年ごろから、毎週のように目撃していたという。
「舛添さんは鍼灸院やクリーニング店にも通っていました。クリーニング代を支払う際、どんなに少額でも領収書をきちんともらうケチな人でした。今、海外出張で豪華なホテルに泊まるなんて言われていて、驚いてるんです」
 では舛添氏の「公用車による別荘通い」にいったいどれだけの血税が遣われているのだろうか。
 前述の運転日誌によると、もっとも多い《都庁~世田谷区~湯河原~都庁》という「通常ルート」で、走行距離は二百キロを超え、六時間ほどかかっている。
 都内のハイヤー会社に問い合わせると、「都庁と湯河原町の往復で、約八万円かかります」とのこと。この一年で四十九回来訪しているので、単純計算で、約四百万円ということになる。
 また運転手は平均四時間を超える時間外勤務を課されている。その累計は二百二十四時間に上り、これは二十五日分の勤務時間に匹敵することになる。都庁に勤務する運転手の初任給は十四万二千円だが、少なくともこの金額以上の経費が使われているのは間違いなさそうだ。
 公用車での毎週末の「温泉地別荘」通いについて、舛添氏はどう答えるのか。知事秘書室を通じて寄せられた回答は以下の通りだ。
「知事の職責は都政全般にわたる広範なものであり、時間や場所を問わない。週末にはその週の職務のまとめと翌週の公務のための準備を世田谷や湯河原の事務所で行なっている」
 公用車の使用については、「湯河原にあるのは舛添政治経済研究所の事務所であり、都庁等の公務場所から当該事務所に送っているもので、何ら問題はない」という。
 つまり、公用車を使って湯河原で〈公務〉に従事しているというのである。
 公用車の使用に関して、都の条例などでは明確な規定はないというが、神戸学院大学の上脇博之教授は、こう批判する。
「明文化されなくとも公用車を私的に利用してはならないというのは当然です。公務のためと言いますが、なぜ東京都知事が湯河原で公務をする必要があるのでしょうか。その説明責任を果たす必要があります」
 そもそも舛添政治経済研究所の所有物である別荘で、都知事としての〈公務〉を行なっているにもかかわらず、都によると「東京都からの支払いは一切ない」という。
「しかし他ならぬ舛添氏自身が、参院議員時代の一〇年から四年間、自宅を〈事務所〉として利用したとして、少なくとも二千万円以上の家賃を舛添政治経済研究所に支払っていたと指摘されています。このときは、国民の税金である政党助成金が家賃として還流されていると批判を浴びました」(社会部記者)
 結局のところ、そのときどきで、自分に都合のいいように、公人と私人の立場を使い分けるのが、舛添氏のやり方なのである。
 問題は公私混同だけではない。
 知事経験のある前出の片山氏は、こう批判する。
「私は知事時代、非常事態発生の可能性を考慮して、遠方への外出や、家族旅行自体を控えていました。私の経験上からいっても、違和感があります。リーダーとして公私混同と受け取られることを慎むのは当然です。そうでなければトップの下で働く職員たちに示しがつかない」
 片山氏の指摘する通り、非常事態に際して舛添氏には都知事として、約一千三百万人の都民の命を預かる責任があるはずだ。
 仮にテロや大地震が東京を襲った際、都知事が都心から約百キロ離れた土地にいては、危機管理どころの騒ぎではない。
 防災・危機管理ジャーナリストの渡辺実氏は、「とんでもない話だ」と憤る。
「熊本地震を見ればわかる通り、活断層地震はいつ、どこで起きても不思議ではない。さらに首都直下地震は、今後三十年で七割の確率で起きると見られている。災害時に設置される対策本部の本部長となるはずの知事が公務以外で毎週末、東京を離れているとすれば大問題であり、すぐに止めてもらいたいです」
 首都直下地震が起きると、湯河原から帰京することもままならないという。
首都高速は被害や大渋滞などで使用できず、都庁に戻るには本来、人命救助の目的で使うべき東京消防庁のヘリコプターを使うしかない。学者時代の舛添氏とは何度も討論番組でご一緒したことがありますが、防災について非常に熱心に勉強されていました。しかし、こうした言動をみるにつけ、現在は、自身の立場を全く理解されておらず、権力が人を変えてしまったと思わざるを得ません」(同前)
 昨年九月一日、防災の日の訓練で、都知事は神妙な面持ちでこう語っている。
「今から二十年前の阪神大震災では六千四百名もの尊い命が失われました。この都市災害を教訓に我々東京は自分たちで何をすべきか、何ができるのか、再点検していきたいと思っています」
 だが、上の表を見れば分かる通り、この発言の数時間後、舛添氏は公用車で〈出先から湯河原に直行〉しているのである。
 こうした危機管理上の問題について、舛添氏から知事秘書室を通じ寄せられた回答は次の一文のみだった。
「危機管理上万全の体制を講じており、問題ない」
 危機管理に対して、この程度の認識しか持っていない人物が都知事を務めている事実そのものが、東京都民にとっては「非常事態」なのである。

週刊文春」2016年5月5日/12日 ゴールデンウィーク特大号