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【FACTA_201503】百田「殉愛」戦争と見城[幻冬舎社長]暗躍 ベストセラーが訴訟沙汰。-裏では政界・テレビ界・出版界を股にかけ、芸能プロと組み「報ステ」いじめ。

『殉愛』騒動が続いている。

 

関東の読者には、今ひとつピンと来ないのだが、「やしきたかじん」(本名・家鋪隆仁)は、関西地区において「たかじんのそこまで言って委員会」など冠番組を三つも持ち、誰をもしのぐ影響力を持つタレントとして知れ渡っていた。

 

そのたかじんが、食道がんで昨年1月3日に死去(享年64)。『殉愛』(幻冬舎)は、2年にわたる闘病生活を支えたさくら夫人とたかじんとの出会いから別れまでを描いたもの。昨年11月に上梓され、たちまち32万部発行のベストセラーとなった。

 

作者は、『永遠の0』『海賊とよばれた男』といったメガヒット作を著して、当代一の人気を誇る百田尚樹たかじんに百田という二つのビッグネームに、出版の仕掛けでは定評のある幻冬舎見城徹社長が加わって、ベストセラーは最初から約束されていた。だが、逆にその仕掛けがアダとなって騒動が始まり、今、双方が提訴を繰り返している。

 

双方とは、10億円近い遺産のうち、大阪市など3団体に対する寄付の6億円を除いて相続することになったさくら夫人と、夫妻に遠ざけられて“死に目”に会えず、遺産相続からも外された娘のHとその他の親族である。

 

「後妻」に娘と最側近が反撃

 

『殉愛』騒動といわれるのは、百田がさくらへの「2​0​0時間インタビュー」をもとに、冠3番組のプロデューサーや制作スタッフ、医師や看護師などには濃密な取材を重ねているのに、娘のHや一番の側近であるマネージャーのKには取材をした形跡がなく、献身的な愛を捧げるさくらを引き立たせるように2人を悪く書いており、発売後にHとK(本人ではなく兄弟子や友人)が反撃に出ているからだ。

 

この騒動は、「有名タレントの遺産相続」にとどまらない様々な問題を秘めている。

 

第一に、最重要人物であるはずのHに取材依頼していないという百田のノンフィクションの作法を無視した本作りと、証言者であるさくらの発言と証拠に数々の疑義が生じたことにより、『殉愛』の価値が大きく毀損したことだ。

 

第二に、32歳下のさくらに生じた疑義が膨らみ、「相続狙いの結婚ではなかったか」という論調の記事まで散見されるようになった。たかじんが残したメモは膨大で、それが2人の愛と相続の根拠にもなっているが、筆跡鑑定の必要性も生じている。

 

第三に、『殉愛』というベストセラーを生んだ見城の力である。「出版界の異端児」と呼ばれた見城は、異端を抜け出し、政界やテレビ局にまで影響力を及ぼす存在となっていた。それが『殉愛』への批判を許さない力となっている一方で、圧力の埒外にいる勢力からの反発につながっている。

 

第四に、出版界の「有名作家タブー」である。ベストセラー作家・百田尚樹を失いたくないために、文春、新潮、現代、ポストという出版社系週刊誌は揃って報道を自粛。作家の林真理子は、「朝日新聞を批判する資格はない」と喝破した。

 

このうち、『殉愛』の一方的記述については、Hが出版の差し止めなどを求めて提訴すると同時に、「婦人公論」や新聞社系週刊誌の「サンデー毎日」などに手記を掲載。「父とは断絶も絶縁もしていなかった」といい、面会はたかじん周辺によって阻まれたと主張する。

 

さくらの証言や証拠の真贋論争は、遺産相続が絡むだけに長い争いとなる。

 

Hは、今の出版差し止め訴訟の次に、減殺請求権(法律で定められた遺産の相続分を請求する権利)を巡り、訴訟を起こす考えだ。そのためには、まず遺産総額を確定しなければならず、その過程で「金庫のなかの現金は誰のものか(さくらはそのうちの1億8千万円は自分のものだと主張)」といった不透明なカネの流れが問題となってくる。

 

たかじんの一周忌は、正月の1月3日を避けて、月命日となる2月3日に行われた。開催場所は、さくらサイドが市内のホテルでテレビ関係者が多く出席して行われ、親族サイド(Hは風邪で欠席)はゆかりのライブハウスで行われ、ともに1​0​0人以上を集めた。

 

修復不能の争いは、Hからの訴訟以外にさくらからKの代弁者らへの名誉毀損訴訟につながって果てしがない。その挙げ句、民事だけでなく刑事での告訴・告発も準備されており、「後妻業事件」とハヤす向きもある。著名作家、美人妻、遺産相続といった話題性には十分富んでおり、今後も話題を提供し続けるだろう。

 

同時に、『殉愛』騒動の裏に潜むメディアと芸能界と政界との関係には、触れておかねばならない。

 

「安倍シンパ」の売れっ子作家

 

まず、百田である。

 

百田は、関西では「探偵!ナイトスクープ」などの売れっ子構成作家として知られていたが、2​0​0​6年の作家デビュー以来、8年で累計約8​0​0万部のベストセラー作家となった。現在、出版社が門前市をなしており、執筆スケジュールは2年先まで埋まっている状態だという。

 

同時に百田は、歯に衣着せぬ発言で知られ、思想的には保守タカ派。12年、総合誌「WiLL」で、まだ野党だった時代の安倍晋三自民党総裁と対談。すっかり意気投合し、安倍を支援するようになる。百田がNHKの経営委員になるのは13年11月だが、「安倍首相が送り込んだお友だち委員の一人」(NHK関係者)と言われた。

 

百田と本誌の一問一答は後にまとめたが、繰り返された電話とメールのやり取りを通じて感じたのは「率直な人」である。作家タブーはあるし、それを利用もした。首相と近く、思想信条の同一性を隠さず、イスラム国問題で安倍が批判されると、ツイッター上で擁護をつぶやいた。

 

表で批判を一身に受けて戦っている百田に比べ、裏に回って騒動から逃れようとしている印象なのが見城だ。

 

93年に角川書店を退社、独立して幻冬舎を設立、『ダディ』(郷ひろみ)、『弟』(石原慎太郎)、『大河の一滴』(五木寛之)、『永遠の仔』(天童荒太)と、ベストセラーを量産してきた。編集者は本来、黒衣だが、それに満足せず、『編集者という病』で自らを語り、サイバーエージェント社長・藤田晋との対談を『憂鬱でなければ、仕事じゃない』という本にし、テレビにも出演、幻冬舎はそのまま見城である。

 

ただ、今の見城は、『太陽の季節』を丸暗記、バラの花束を贈って石原を口説き落としたころの若き編集者ではなく、ワイドショーや週刊誌を出し抜いて、郷ひろみに離婚告白本の『ダディ』を書かせて1​0​0万部を刷る、という17年前の向こう見ずな時の見城でもない。

 

財も名も地位も得た。昨年4月から見城は、テレビ朝日放送番組審議会の委員長に就いている。月に一度の審議会は、「かつてはご意見拝聴の牧歌的なもの」(テレビ朝日関係者)だったが、見城が積極的に関わるようになってからは、早河洋・同社会長との信頼関係のもと、「報道ステーション」など反体制色の強い番組に意見具申。路線修正に導くこともある。

 

「見城氏は安倍首相のブレーンでもあり、芸能・マスコミ人や若手起業家などを首相に紹介しています。そのなかにテレビ朝日の早河会長もいて会食を繰り返している。早河会長は報道ステーションの反体制色を取り除こうと、昨年9月10日に放送された川内原発の誤報を利用、見城氏の審議会やBPO放送倫理・番組向上機構)を使って問題視した。3月末の番組改変で、批判報道の急先鋒だったチーフプロデューサーや恵村順一郎コメンテーターを追い出すことにしました」(前出のテレ朝関係者)

 

すでに異端の域を超えた実力者となった証明だが、同じテレ朝の「モーニングバード」「ワイド!スクランブル」といった娯楽色の強い報道番組となると、その幅広い人脈を利用、番組の構成に口を出すこともある。洗脳騒動で話題となった元オセロの中島知子が「復活の場」に選んだのは「ワイド!スクランブル」で、その復帰の仕掛け人が見城だった。

 

「芸能のドン」周防とタッグ

 

見城を背後で支えるのが、「芸能のドン」と呼ばれる周防郁雄である。

 

芸能界と出版界とテレビ局は、不即不離の関係にある。活字、グラビア、番組のコンテンツとして芸能人・タレントは欠かせず、バーニングの周防は、50年以上の業界経験と人脈、敵か味方かを迫るシンプルな価値観で芸能界を牛耳ってきた。

 

敵とみなせば、情報を流さず、歌手・俳優・タレント・アイドルを出さない。逆に味方になれば、手厚く遇する――その黒白のハッキリした生き方は、「売れるもの」は善で、「売れないもの」は悪というリアリストの見城に通じるものがある。

 

表に出ない周防に代わって、その意を受けた見城が、出版界や放送界を飛び回っているのはよく知られた話。周防に対する忠誠は、芸能人・タレントの本を上梓するのに役立つだけでなく、報道番組がワイドショー化するなかで、キャスティングにも影響力を発揮し、それが自然に見城のポジションを引き上げる。

 

さらに2人の共通点を挙げれば、政治色の薄さにある。見城は石原に取り入り、今は安倍にべったりだが、その思想信条に共感した節はうかがえない。それは、数ある書籍を読めば明白で、語っているのは処世術や戦陣訓。権力になびけば勝利は近い。そこにはジャーナリズムが持つべき批判精神や権力監視機能に対する自負はない。

 

ついでに言えば、たかじんもそうだった。

 

『殉愛』は、政治に関心のないさくらの視点で描かれていることもあって、政治の話はほとんど出てこない。唯一、たかじんが評価する政治家として登場するのは、橋下徹大阪市長と安倍首相である。

 

「こいつらは日本に必要なんや」と、激情型のたかじんは強調するのだが、その根拠は、橋下が「そこまで言って委員会」への出演で人気を博した弁護士であり、今もたかじんへの感謝を隠さないこと。そして安倍も最初の首相を退いて逼塞していた時、たかじんの誘いで温泉旅行を楽しんだ仲で、つまりは友だちだからである。

 

『殉愛』は、そんな人間関係のなかから生まれた。記述の正確さや社会性より、求められたのは感動であり、売れる本だった。稀代のストーリーテラーである百田はその要求を満たし成功した。だが、「売れればいい」では済まないノンフィクションの持つ怖さが、百田の背後の思惑を吹き飛ばし、今、百田はひとり寒風に立たされている印象だが、本人は弱気を見せなかった。

 

NHK経営委員を退任

 

――百田バッシングをどう思うか。

 

「バッシング記事の中には明らかな事実誤認や悪意のある曲解が多く、彼らにとっては、真実の追求は二の次で、百田尚樹を叩きたいというのが目的でしょう」

 

――ベストセラー作家として、NHKの経営委員として権力はあったのか。

 

「ベストセラーの実績で多少の配慮はあるが、それ以外の影響力はありません。現に週刊新潮の記事は私からの提案でしたが、むしろマイナスイメージで、週刊文春には『売れる記事にならない』と断られました。経営委員に関してはみんな誤解しており、番組制作や編集に口を出すことはできないし人事に介入することもない。つまり『権力』などまったくありません」

 

――(総務省内ではNHK経営委員としての百田の放言癖を危ぶむ声があったが)経営委員を2月末に退任する理由は?

 

「月に2回、経営会議に出席するたびに上京しますが、スケジュール調整が大変。総務省から『続投』の要請を受けたものの、体力や執筆時間を考慮して辞退しました」

 

――『殉愛』が取材不足で中立性がないと指摘されているが。

 

「取材は徹底的にやりましたし、多くの資料にもあたっています。ですから、書いたものには絶対的な自信を持っています。全ては裁判で明らかになると思っています」

 

見城は「係争中の案件」であることを理由に取材には応じなかったが、『殉愛』騒動には、同書の「ノンフィクションとしての不十分さ」の先に、「見城流の処世術」がある。見方によっては、百田は見城にうまく乗せられ、名前を利用されたとみることもできる。

 

その見城の無原則の功利主義が、テレビ局を席巻、政治を含むあらゆる事象のワイドショー化を推進しているとすれば、『殉愛』騒動は、形を変えて今後とも繰り返されることになる。(敬称略)