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【選択_201503】政界スキャン361 「九月政変」の芽は出てくるか

 歴史にイフは許されないが、米国民の中にはいまだにあのイラク戦争なかりせば、と振り返る者がいるという。それだけあの戦争は米国に取り返しのつかない深刻なダメージを与えた。世界一の経済、政治、軍事パワーが減衰、「イスラム国」もまた鬼子とされた。

 二〇〇〇年の大統領選でブッシュではなくゴアが当選していたら、という声がそれに続く。ゴアならさすがにあそこまではやらなかった。無定見なおぼっちゃま大統領と、副大統領チェイニーらネオコン勢力とのコラボによる歯止めなき暴走が失敗の始まりだった。

 日本でも今、似たような懸念が生まれている。とにもかくにも自衛隊の海外派兵を拡大し米国のお役に立たんとする外務官僚と、大企業・経団連向けインフレ政策最優先の経産官僚がネオコンパワー化、これまた稀代のおぼっちゃま首相安倍晋三を担いで暴走中だ。

 安全保障法制では、保守本流の知恵とも言える専守防衛限定の非軍事路線を一転し、積極的平和主義の名のもとに自衛隊を地球の裏側まで派遣せんとし、財政・経済政策では、せっかく民主党政権でまとまった増税社会保障一体改革を反故にし、極めてリスキーな金融異次元緩和で富裕層と自らの支持率のためひたすら株価吊り上げに狂奔する。一方で、これに反対する者に対しては、役人であれ政治家であれ人事で冷遇する。

 別におぼっちゃまが悪いわけではない。ただ、こういった歴史の転換点では、しかるべく資質のあるリーダーに国民の運命を委ねるのが賢明だ。安倍が首相席から野次る姿を見るにつけ、物事を理詰めで慎重に判断する知性と、古今東西の古典から謙虚に学ぶ教養主義の欠落ばかりが目につく。この道しかない、と言うのも、自分は間違っているかもしれない、という本来の保守主義とは相容れない。これでは、ブッシュの二の舞いになりやすまいか。



 かつて「自民党リベラル『たった一人』の反乱」と当欄で取り上げた衆院議員村上誠一郎もこう言う。
「その昔首相になる人は、旧制高校や陸士、海兵の出身で、基礎学力があり偏差値が高かった。刻苦勉励しながら知性と教養を磨き、役所の局長、次官のキャリアを積んでいた。漢籍に通じ文学への造詣も深かった。田中角栄だって学歴はなかったが学力はあった」

 どうみても安倍にはそれがない。無理もないだろう。成蹊で小中高大一貫教育を受け、神戸製鋼所に三年間勤務、一九八二年に父晋太郎外相の秘書官となってからは永田町の人である。門前の小僧として永田町の楽屋裏や慣習には詳しかったが、哲学論争や旧制高校的教養を身につける場がなかった。

 その意味では、かつての宰相モデルとは相容れないタイプである。もちろん、二世議員の役得で当選回数を重ね、役職もいろいろ経験できるが、それでもさすがに首相になるとは誰も思わなかった。

 村上によると、それがおかしくなり始めたのは、森喜朗小泉純一郎の清和会政権からだ。いずれも派閥領袖として世話になった福田赳夫安倍晋太郎への情実で子弟たる康夫、晋三を官房長官や党幹事長という要職に引き立てた。それが結果的に彼らを、本来の資質とは関わりなく首相にまで上り詰めさせた、というわけだ。

 安倍政権になると、その変調は首相ポストだけでなく、首相が任命権限を持つ他のポストにまで波及した。「この政権では、お友達か、女性か、右翼か、イエスマンしか閣僚になれない。知性や教養、キャリアは全く関係ない」。

「NHK大河ドラマ『花燃ゆ』を見るたびに涙が出る。吉田松陰高杉晋作維新の立役者がいかに国家のために自らを律し、自己研鑽を重ねてきたか。それに比べて、長州の末裔たちは何をしているのか。安倍も高村(正彦副総裁)も傷をなめ合いポストを回しているだけじゃないか」とも憤る。

 今のところ、村上のように歯に衣着せずに安倍批判をする人は少数派である。人事や公認といった報復を恐れているからだ。だが、党内に不満のガスがたまっているのも事実である。

 中でも二階派は注目に値する。会長の二階俊博は、安倍を恐れない唯一の領袖であろう。旧経世会出身。あの小沢一郎と別れて自民党に戻ったかと思ったらいつのまにか旧中曽根派を乗っ取った形だ。メンバーも着実に増やしており、中村喜四郎長崎幸太郎ら客分も含めると三十五人と第四派閥麻生派(三十七人)に迫る勢いだ。中韓要人とのパイプも太く、戦後七十年談話でも安倍に対し村山談話を踏襲するよう注文をつけている。

 前衆院議長で派閥に戻った伊吹文明も安倍に対しては腹に一物あるようだ。実は、昨年暮れの解散総選挙では、三権の長の一人として議会をあずかる立場から安倍をいさめる場面があった。

 もともと首相の解散権については、不信任案が可決された場合の憲法六十九条解散はやむなしとするが、今回のような首相が自由に時期を選べる天皇の国事行為としての七条解散には反対の立場だ。

 安倍にはこう言った。消費再増税を先送りするのはいいが、解散するのはいかがなものか。先の国会で安倍自身も賛成票を投じた法には先送り可能の手続き条項がきちんと盛り込まれている。にもかかわらず、解散してもう一度主権者の意見を聞くということになると、国会での立法権の意味がなくなり、主権者軽視となる。

 この理屈は安倍には通じなかった。また、伊吹が選挙後議長に再任されることもなかった。

 ただし、力の二階、智の伊吹の二本差しは安倍にとっては潜在的脅威になりうる。小派閥の合従連衡の可能性もゼロではない。



 もちろん、二階派がまだ戦闘態勢に入っているわけではないし、二階派だけで安倍一強体制がどうこうなるものでもない。

 ただ、情勢は安倍が思っている程に甘くはない。安倍は、九月党総裁選後には大規模な党・内閣の改造人事を断行する予定である。一部の関係者にはその旨伝えられている。これまで入閣できなかった待機組の不満を吸収するためだが、果たして奏功するか。

 むしろ、安倍が安保法制でタカ派的姿勢を強めれば強めるほど党内リベラル派の安倍への懸念と不満は広がっている。衆院選挙を四年間やる必要がない以上、ブッシュならぬ安倍のイフ実現のためには、反安倍陣営にとって総裁選で勝負するしか道はない。九月政変の芽が一つできつつある。(敬称略)